『きせき のぼるは小学5年生』第1章(前編)
※川合 仁美著書の『きせき のぼるは小学5年生』から一部抜粋記事です。
第1章 出会い

のぼるは小学校5年生。のぼるは小柄な男の子。でも、実は、のぼるは、いじめっ子だ。いつものぼるは、何かにイライラしていた。早く給食を運んでくれないクラスの子。何を言っても、下を向いているクラスの子。そんなクラスの子をかばう先生たち。いつもぺこぺこしているお父さんとお母さん。でも家では、お父さんもお母さんもケンカばかりしているじゃないか。
何が悪いんだ? ぼくは自分の好きなことをして、キライなことをしたくないだけなんだ。ぼくのこと、だれがわかってくれているんだ? だれもぼくのことをかばってくれない。だれもぼくのことを見てくれていない。だれもぼくのことを認めてくれていない。いつも、のぼるはそう思っていた。のぼるはまわりのことも、自分のことも大キライなのだ。
ある日、いつものように、給食袋を振り回しながら、家に帰っていた。今日も、学校はつまらなかった。授業はちんぷんかんぷんで、先生が言っていることはよくわからないし、みんなのようにうまく板書も書き写せない。そもそも、のぼるは漢字をうまく書けなかった。マスからとびでてしまう。何回もたくさん書かされることは苦痛でしかなかった。だから、授業中は、えんぴつの芯でつくえをガリガリすることに熱中したり、ノートに落書きしたりして、ヒマな時間を過ごしていた。そんなのぼるを、まわりのみんなも、大人たちも、ただ「やる気のない」子だと思っていた。
そんなつまらなさは給食袋を振り回すことで、解消されている感じがいつもしていた。その独特の重みが、のぼるの手とうでにかかり、そして振り回している力が、自分のつまらなさをまわりにまきちらしている感じがしたのだ。まわりも、ぼくと同じようにつまらなくなればいい。のぼるが家に帰るには、いつも神社を通らなければならなかった。通学路に神社があるのだ。のぼるは、この神社がおそろしかった。いつものぼるは人をいじめている。ものをこわしている。その「悪」は、のぼるにもわかっていた。でも、どうしてもやってしまうのだ。だから、この神社を通るたびに、何か天罰がやってくる感じがしたのだ。
その日は、とくにつまらない日で、いつも神社では振り回さない給食袋を、知らないうちに振り回し続けていた。振り回していることを、のぼるは気がついていなかった。
「あっ」
気がついたら、給食袋を、神社のとうろう4444にぶつけていた。また、やってしまった。また、みんなに怒られる。みんなにばれる前ににげてしまおう。そう思った瞬間だった。あの「人」と出会ったのは。
「う~ん」
女性の声がした。この「人」はどこから来たんだろう? さっきまで、だれもいなかったはずなのに。
その「人」は、とても不思議だった。もちろん、顔も、体も、うでも、そして足もついていた。でも、そのまわりは、不思議な光につつまれていた。その光の色は、何色とも言えない、でも今まで見たことのないきれいな色をしていた。まるで、世界中にあるきれいな色をかき集めてきて、そしてそれをきれいに混ぜたようだった。のぼるは、自分でも知らないうちに、じっと、その「人」の顔を見ていたようだった。のぼるは、その「人」を見ていて、あることを思いだしていた。
のぼるは、幼いころから、なんとなく直感が強い子だった。たとえば、幼稚園のまなみちゃんの手が少し黒く見えていたときがあった。これから、けがをするのかな、となんとなく、でもきっとそうなるだろうと、確信を持って思っていた。すると、次の日に、まなみちゃんの手には包帯が巻かれていた。階段から落ちて、手をけがしたのだという。
またあるときは、小学校の担任の先生、女性で28歳(この歳は、クラスメイトが先生に直接聞いて、わかったのだけれど)のおなかのまわりだけ、なんだかぼんやり光っているときがあった。その数日後に、担任の先生にあたらしい赤ちゃんができたことを知った。まだ、おなかはふくらむ前だったけれど、休養で先生が少しお休みをしたので、わかったのだ。
そう、幼いころから、そんなことがよくあった。あまりによくあるから、のぼるには、それが普通だと思っていた。みんなも同じように見えていて、同じような感覚があるのだと思っていた。
去年の冬、雪合戦をしていたときのことだ。友だちのいないのぼるは、雪合戦であそんでいた。というよりも、通りかかったクラスメイトに、雪をぶつけていたのだ。クラスメイトにあてては、突然やってきた雪玉にびっくりしたその子の表情を見て、楽しんでいたのだ。ははは。ざまー、みろ。そこに、クラスメイトのひとりの、かけるがやって来た。かけるは、名前どおり、走るのが速い。その速さを生かして、サッカーをやっているらしい。
小学校では、走るのが速いことは、とても尊敬される。だから、クラスでも人気者だった。しかも、かけるは、そのことを自慢したり、足の遅い子をバカにしたりしなかった。でも、のぼるには、とても苦手な存在だった。得意なことがあっても、それを自慢しないかけるは、苦手なことが多すぎるぐらいあるのぼるには、近寄りがたかった。だから、かけるには、ちょっかいをだしたことがなかった。
しかし、その日のかけるは、少し様子がおかしかった。いつもなら、友だちにかこまれて、楽しそうに話をしているかけるだが、今日はひとりだ。
かけるのまわりには、グレーのような空気がただよっている。いつもは、そんな空気は見えない。どうしたんだろう。あのグレーの空気は、あんまりいい調子ではないことを示していると、なんとなく、のぼるはわかっていた。でも、のぼるには、話しかける勇気もない。そもそも、かけるとはあまり話をしたこともない。
のぼるは、自分の手の中にあった雪玉を、そのまま地面に落とした。
「だれだ?」
その落とした雪玉の音で、かけるは、のぼるに気がついた。
「なんだ、のぼるか。何をしているんだ? こんなところで」
不思議そうな顔で、かけるは、のぼるを見ている。
「あ、いや……」
なんと答えていいかわからない。当たり前だ。雪玉を人にあてて楽しんでいた、とは言えない。というよりも、やってはいけないことぐらい、のぼるにもわかっていたので、言えないのだ。
「また、みんなをいじめていたのか?」
うっ。かけるは、わかっていた。気まずい空気が流れる。
「それよりも、どうしたんだよ? おまえのまわりに、グレーの空気がただよっているぞ」
のぼるは、自分の話題からはずれたくて、そう言った。
「どういう意味だ? グレーの空気ってなんだよ?」
「だから、ときどき、あるだろ? 人のまわりにある空気の色だよ」
「なんのことを言っているんだ?」
だんだん、かけるの表情がくもってくる。それを見て、のぼるは、違和感を持ちはじめていた。なんで、話が通じないんだ?
「だ・か・ら、ときどき、人のまわりに、色が見えるだろ? 赤とか、黄色とか、青とか、緑とか、グレーとか!」
「のぼる、大丈夫か? 目に何か病気でもあるんじゃないのか?」
すたすたと、かけるは、少しにげるようにして、行ってしまった。
なんで、かけるは、わからなかったんだろう? もしかしたら、あの色が見えるのは、ぼくだけなんだろうか?
もやもやした気持ちで、家に帰った。家に着くと、めったに家にいないお母さんが家にいた。あれっ? 今日は仕事、もう終わったのかな? 少しウキウキした気持ちで、おやつを食べていた。おやつは、家にあるものを、いつものぼるが適当に選んで食べている。
「じゃ、のぼる、お母さん、また仕事に行かなきゃいけないから。ごはんは、電子レンジの中のものを温めて食べてね」
忙しそうに、行ってしまった。なんだ。お母さん、仕事が終わったんじゃなかったんだ。本当は、のぼるは、あの空気の色のことをお母さんに聞きたかった。お母さんならきっと見えているはず、きっと、ぼくと同じものが見えているはず、と思いたかった。
のぼるはいつものように、ゲームをしはじめた。でも、かけるとの話が頭から離れない。なんで、あのとき、かけるはあんな表情をしたんだろう?
そうだ。のぼるは、コンピューターを開いた。家では、ゲームばかりしているので、コンピューターの操作も苦もなくできた。インターネットで調べてみればいいんだ。
「空気 色」で検索してみる。
だめだ。空気の色として検索されてしまう。
「空気 色 見える」。う~ん。だめだ。やっぱり、同じだ。「人 色 見える」で検索してみた。「オーラ」という聞き慣れない言葉がでてきた。のぼるは、漢字が苦手だったので、あまり、説明を読んでもよくわからなかった。でも、わかったことは、それが見える人はあまりいない、ということだった。
ということは、ぼくが見えているこの色は、きっと目のさっかくだったんだ。見まちがいだったんだ。のぼるは、その日以来、そう自分に言い聞かせてきた。だから、この「人」が現れるまで、自分に人とはちがうものが見えることすら、のぼるは忘れかけていたのだ。自分に言い聞かせていたので、だんだん、その空気はあまり見えなくなっていって、そして、今では、まったく見えなくなっていた。
とうろうで出会った「人」のいろんな色を見ているうちに、そんなことがありありと鮮明に思いだされてきた。それとともに、かけるが変な顔で見てきたことも、そのときにあった不安な気持ちもよみがえってきた。
「それは、残念なことだね」
え? 何が?
「だから、のぼるくんが、自分の見ているものをうたがったことよ」
あれ? ぼくは、自分の考えていることを口にだしているのだろうか?
「ううん、してないよ。でも、わたしには、のぼるくんの考えていることが、聞こえてくるの」
は? どういうこと?
「わたしが、のぼるくんの考えていることに周波数を合わせているんだよ」
のぼるは、周波数という言葉自体知らなかったし、とにかく、自分の考えを読まれていることが、とてもおそろしかった。
「ごめん、突然、考えを読まれていたら、こわいよね。でも、大丈夫。のぼるくんの目に、こうやって、わたしが見えているということに、意味があるのだから」
にげよう。そう思った。あまりにこわすぎる。
「待って。わたしは、のぼるくんに危害をあたえようと思っていないよ。その逆なの。わたしは、のぼるくんをみちびきたいと思っているの」
突然、のぼるには、その人のすがたがはっきり見えた。今まで、光に気をとられていて、その「人」のすがたまで注意を払っていなかったのだ。
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